2016年5月24日火曜日

【紹介】【コラム】『目に視えるものだけが世界のすべて』 言葉によるスケッチ

齋藤 路恵

今回は2016年春 ゲームマーケット東京 で見かけたゲームを紹介する。
 作品名は「目に視えるものだけが世界のすべて」。作者は Black Piggy Bank Games さんだ。

 ロマンチックな作品名だ。海辺の砂を握ったときみたいな。ちょっと湿っていて、少しだけザラっとして、心地よい重さで。
 このタイトルは「本当に大切なものは目に視えない」とか、そんな感じの言葉を意識したのだろう。
 目に視えるものだけが世界のすべて。
 その通りだ。
 海辺で貝殻を拾って耳を当てる。音なんか聞こえやしない。でも、その貝殻を家に持ち帰る。家のどこかに置いておいて、そのまま忘れる。数年後に見つけて、久しぶりに耳を当てる。そしたら、そのときには波の音がするかもしれない。そのとき、音は「視えた」のだ。

 「目に視えるものだけが世界のすべて」は、1-2人用の勝敗のはっきりしない遊びだ。ルールにしたがって遊ぶと、得点が出る。だが、ルールにはその得点をどうするかの記述がない。例えば「◯点以上でクリア」とか「◯点以上なら上級者」とか、そういったものがないのだ。
 また、2人で遊ぶときも、得点は片方にしか発生しない。だから、2人の得点を比較して遊ぶのではない。
 1人で何度か遊んだ場合に「今日は得点が低かったな」とか「今日は得点が高かったな」と比較する、おそらく、得点はそれくらいの意味しか持たない。
 あるいはもっと純粋に遊びを遊びとして成り立たせるためのルールかもしれない。マスを埋める気にさせるためのルールなのかもしれない。

 この遊びは全部で6つのルールから成っている。

ルール.1
今、あなたがいる場所を観測地点欄に書く
ルール.2
今、あなたがいる場所から見えるものの名前を上の格子に書く
ルール.3
縦書きと横書きで書いた単語が同じ文字で重なった時、その文字を黒枠で囲う
ルール.4
すべての格子が埋まるか、あなたがこのゲームに飽きたらゲームは終了する
ルール.5
黒い破線内部分(5×5)だけを得点表に従い、得点を計算する
ルール.6
観測地点欄を隠して第三者(あるいは未来の自分)に格子部分を見てもらい、観測地点を当ててもらう





ルールを一つずつ見てみよう。

ルール.1
今、あなたがいる場所を観測地点欄に書く

 用紙の一番下に
「私は_________から観測しました。」
と書く欄がある。
 例えば、「私は渋谷の交差点から観測しました。」「私は公園のベンチから観測しました。」とかそんな感じだ。
まず、ここを埋める。

ルール.2
今、あなたがいる場所から見えるものの名前を上の格子に書く

 紙には7×7の格子が用意されている。
その格子を、自分に見えるものの名前で埋めていく。
「ぱそこん」「かっぷ」「ほん」 ……
ものの名前は縦書きと横書きを混在させて、クロスワードパズルのように書いていく。

ルール.3
縦書きと横書きで書いた単語が同じ文字で重なった時、その文字を黒枠で囲う

「ぱ」そ「こ」ん
「ぱ」「じ」ゃま
「こ」ーど
「じ」ゅーす

「か」っ「ぷ」
「か」っこ「ん」とう
「ぷ」りん「た」
ふ「た」
「ほ」「ん」
すま「ほ」

ルール.4
すべての格子が埋まるか、あなたがこのゲームに飽きたらゲームは終了する

 自分から視える範囲を仔細に観察する。どこかに見落としたものがないか、隙間を埋められそうな単語がないか、じっと視る。どうしても単語が見つからなくなったら、記入は終了する。

ルール.5
黒い破線内部分(5×5)だけを得点表に従い、得点を計算する

7×7の格子より一回り内側の格子、 5×5 の格子の中だけが得点計算の対象になる。
塗った黒枠 1つ:2点
塗った黒枠が斜めに隣接している 1つ:5点
埋まっていない枠 1つ:−3点
これで、一応得点が出る。

ルール.6
観測地点欄を隠して第三者(あるいは未来の自分)に格子部分を見てもらい、観測地点を当ててもらう

 紙を折って観測地点欄を隠す。
そのまま未来に向けて保存するか、誰か第三者に見せに行く。

 これで、ルールの記載は終了である。
 得点はマスを埋めた側にしか発生しないし、発生した得点をどうしろという指示もない。
 また、場所を当てたら勝ちとか負けとか、そういう記述もない。
 だから、きっとこれは勝敗を云々するものではないのだ。それこそ、ゲームポエム的楽しい遊びなのだろう。

 やってみてわかったのは、まず、マスを埋めるのに意外と苦労する。
 普段、見慣れている場所をじっと見る。何かちょうどいい単語を探す。これだけでもう日常の見直し・再解釈になる。
 もちろん見えたもののすべてが書けるわけではない。他の単語と文字が共通しそうな言葉しか書けない。
 ありふれた光景を一つ一つ言葉に直し、吟味する。
 できあがった文字の並びを自分で見てみると、思ったよりも混沌としている。何という語が入っているかを見出すのに少し時間がかかる。
「ぱそこん」
「ぱじゃま」
「こーど」
「じゅーす」……
 いつも視ていたはずなのに、見えていなかったものたちが浮き上がる。

 これを人(あるいは未来の自分)に見せる。
 視て、数秒経たないうちに、いくつかの単語が浮かび上がってくる。
「ぱそこん」
「ぱじゃま」
「こーど」
「じゅーす」
……
「ほん」
「まくら」
「けーす」
「すまほ」
「ほこり」
 言葉によるスケッチが浮かび上がる。
それはだんだんと特定の場所の輪郭を帯びてくる。

 あなたはここをどこだと思っただろうか。
 紙に書かれたものはわたしが視たものの一部でしかない。でも、それは紛れもなくわたしが見たもので、それと同じものを、あなたは、今、視ている。
 いや、細かいところは違うのかもしれない。
 「ほん」であなたは小説を連想したかもしれない。でも、そのときわたしの部屋に置いてあったのは通信販売のカタログだったかもしれない。
 しかし、とにかく、わたしたちは共有した。目に視えたものを共有した。ある場所ある時点の景色を共有した。目に見えたものだけが、わたしたちの共有する世界のすべてだ。
 別にこの遊びでなくたってそうだ。世界はいつも差異を孕んで、わたしたちの間に存在する。
 わたしたちは目に視えるいくつかのものを通して、わたしたちが同じ世界に存在するということを確認するのだ。





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注1)
2016.5.24現在、PDFファイルはクリエイティブコモンズライセンスの表記に一部誤りがあります。
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注1 追記)
2016.6.2、PDFファイルをクリエイティブコモンズライセンスの表記が正しいものに差し替えました。


注2)   
TEXTファイルはマス目を割愛しています。テキスト形式でのマス目の再現ができなかったからです。 TEXTファイルはルールのみの掲載になります。ご了承ください。