安全性の確保について




安全性の確保について
齋藤 路恵

 ゲームポエムの多くは言葉を使ったゲームです。「言葉の暴力」という言葉があります。言葉は使い方次第で人の心を深く傷つけます。
 また、話術の差が出るゲームでもあります。話術に長けた人は、他人を誘導尋問したり、自分の発言で他人の言葉を封じ込めたりすることもできます。
 重要なことは、あやしい状況に気づいたら、必ず「タイム」「タンマ」「ブレイク」することです。
これはあなたのためだけではありません。そこにいるすべての人、これからゲームを遊ぶすべての人のためになります。
 また、「ブレイク」した人を決して責めてはいけません。ブレイクが入ったら、全員が必ず「ブレイクありがとう」と言うくらいの気持ちでいてください。実際にルール化するのも良いと思います。発言者は場を救ったのです。
 この文章では、このように「ゲームの安全性」について書いていきます。

★例えば何が問題になるか

 普段はあまり意識しませんが、声の音量が大きいということは、それだけで他を圧倒します。無理に声を小さくする必要はありませんが、声の小さい人の発言をかき消さないよう意識してください。

 誰かが話しかけで止めてしまったら、「◯◯さん、さっき何か言いかけなかった?」と確認してください。

 「◯◯だよね」「◯◯じゃない?」は注意を必要とする表現です。これは同意を求める表現だからです。自分が話の中心になっている場合や話術のうまい人がこの表現を使う場合、誘導尋問になりやすいです。

 「◯◯についてどう思う?」これもまた誘導尋問になることがあります。結論がほぼ出かけたときに、あえて異論があると思える人にこの質問を投げかけます。
その人は同調圧力で「それでいいです」と答えてしまうかもしれません。
そうすれば、後でその人にトラブルが起こったときも「あの時、いいって言ったじゃない」と返すことができます。自由意志の問いかけに見えて、事実上の反論を封殺するやり方です。

 「なんでそうしたの?」も人によってはキツい質問になりえます。過去の自分の行為について問いただされることは、人によっては、「自分は何か悪いことをしただろうか? やってはいけないことをしただろうか?」と不安を呼び起こします。

 違和感を回避する・ごまかすことも問題があります。全体の空気が悪くなったとき、上手な人はつい自分の発言で空気を変えようとします。うまく変われば、ゲームは破たんなく進行します。一方で、その場で起りかけた問題は流され、隠ぺいされます。これではいつまでたっても問題は放置されたままです。自分以外に違和感を感じた人がいた場合、モヤモヤが残ってしまうことになります。

……ここからがもっとも重要です。これらの全部を杓子定規に守ろうとしたら、ゲームは窮屈でつまらないものになる可能性が高いです。
だからこそ、「ブレイク」が大切になります。これらの事例に当てはまろうが、当てはまらなかろうが、危険だと思ったときには必ず「ブレイク」してください。ブレイクのタイミングは形式的に判断できるものではありません。自分でまずいなと感じたときには、勇気を持ってブレイクしてください。自分が辛いときだけでなく、他者が辛そうなとき、空気がおかしいと感じたときも積極的にブレイクしてください。
そして、周囲の人はブレイクが入ったときに、入れた人に感謝を述べてください。ブレイクを入れやすい環境作りがもっとも大切です。

★ブレイクが入ったら

 さて、ブレイクが入ったとします。
ブレイクを入れた人はすぐには話せないかもしれません。うまく言葉にできないかもしれません。それは普通のことです。うまく言葉にできる人はたまたまそういう修練を積む機会があったということに過ぎません。自分にできることは他人にもできると思わないようにしてください。
ブレイクが入ったら、まずはみんなで「ブレイクありがとう」と言ってください。そして、ゆっくりと待って下さい。
 その人が落ち着いてきて、話せるようになったら、もう一度「ブレイクありがとう」と繰り返してください。繰り返すことでブレイクする側の負荷が弱まります。

 ブレイクした側は、理論立てて説明する必要はありません。何が引き金になったか、今どんな気持ちか、今どんな状況か、どんなことでも話せることを話すだけで構いません。
説明したくなければ、「説明したくない」「説明できない」でも構いません。ブレイクした段階であなたに何らかの負荷がかかったことは周囲に伝わりました。あなたがとったのは勇気ある行動です。充分です。説明しようとして、自分に過剰な負荷をかけてはいけません。あなたは充分に頑張ったのです。

 このように書くと、「理不尽なことでブレイクを入れる人が増えるのではないか」と考える人がいるかもしれません。
 その場合の対処は簡単です。ゲームを止めてください。それがわざとにせよ、わざとでないにせよ、ブレイクの多過ぎる環境はゲームを続けられる環境ではありません。後で熟考して、何が原因だったのか考えてください。 なぜ相手がブレイクしたのか? なぜ自分はブレイクを理不尽だと思ったのか? たいていの場合、状況は簡単ではありません。必要であれば、後日第三者を交えた状況で話し合いをしてもよいかもしれません。半年や数年と言った長い時間がたった後に、ようやく理由らしきものが見つかることもあります。

 どんな状況にも悪意で場をかき回す人は出る可能性があります。一方で人の悪意ばかりを想定していてはゲームが楽しめないでしょう。


 ブレイクをされた側はブレイクした側の気持ちを否定してはいけません。

「気にしすぎじゃないの?」
「悪気があったんじゃないよ」
「○○にもいいところがあるよ」

 これらはすべて、話の混ぜ返しです。
「気にしすぎじゃないの?」→本人は気になったから言ったのです。これではブレイクする側の真っ向否定です。
「悪気があったんじゃないよ」→悪気があったかないかではありません。事実、その行為に引っ掛かった人がいるのです。行為の問題を意図の問題にすり替えてはいけません。
「○○にもいいところがあるよ」→話題のすり替えです。○○にはいいところもあるかもしれませんが、悪いところもあるかもしれません。悪いところについて話をしようとしているのに、いいところの話にすり替えてはいけません。

 ブレイクはするだけで、かなりの心理的負荷を伴います。多くの人は悪意があってブレイクするではありません。危険や恐怖を感じたから、ブレイクをしているのです。ゆっくりと時間をとって、大切に対処してください。


★あなたは他の誰にもなれない

 ゲームの中で誰かを演じる事があるかもしれません。老人・子ども・女性・軍人・パートナーを探す人……実にいろいろな人が出てきますし、いろいろな人になります。あなたは、ゲームの中でとても充実した体験やとても悲しい体験をするかもしれません。
 一方で、あなたは他の人の気持ちを理解する事はできません。あなたが演じたのは「ゲームの中の人物」です。ゲームが終わったら、あなたはもうその人ではありません。あなたは降りることが出きます。一方で、現実の人の多くはどんなに嫌でもその属性から逃れられません。それは、ともすれば、絶望的なほどの距離感です。安易に理解したような気になってはいけません。被差別者や少数派を扱うゲームのときは特に気をつけてください。
 逆に、あなたは他の誰かを演じる事で元気をもらったり、楽しい気持ちになるかもしれません。ラッキーです! その時はできるだけそのままその気持ちを持ち帰ってください。

 ゲームの設定によっては人種差別、性差別、宗教差別、身分の差別などがはっきり出てきます。例えば、1920年代のアメリカを舞台にした話であれば、こうした差別が現在よりもずっとはっきり見えるはずです。
 こうした差別を演じるときは、キャラクターとプレイヤーを明確に切り分けてください。それはキャラクターとしての発言なのか、プレイヤーとしての発言なのかを常に問いかけてください。「それはキャラクターとして発言していますか? プレイヤーとしての発言なら問題があると思います」はっきりとそのように問いかけてください。
 ここをきちんと分けないと「演技」という名目で公然たる差別が行われることになります。


★安全のための具体的な方法

 もっとも簡単な方法の一つは「セーフワード(安全語)」を決める事です。
 あやしいと思ったら「タイム」「タンマ」「ブレイク」などという言葉を出します。この言葉が出たら、ゲームを必ず中断するようにします。セーフワードは、ゲーム内のセリフと勘違いしないようなものにする必要があります。聞き流されないような言葉にしてください。例えば「洗濯機」でも構いません。
 セーフワードに段階を設けることもできます。
例えば「タイム」「タンマ」「ブレイク」ならゲームの一時中断を表す。「ギブアップ」「もう無理もう無理」「ヘルプヘルプ」ならゲームからの即時離脱を表す。
このように段階を設けることもできます。即時離脱はもちろんない方が望ましいです。ですが、自分で思いもかけない自分の気持ちや考えに突然気づいてしまう時があります。そのようなときにこの即時離脱ワードが役に立つことがあります。
 これは非常に簡単な方法なので、ぜひ採用する事をお勧めします。

 ブレイクが入ったら、必ず全員でお礼を言う。これは既に書いたとおりです。全員で感謝することで、ブレイクに対する心理的負荷を減らす事が出来ます。
 これもぜひ採用することをお勧めします。

 匿名による意思表示の方法もあります。例えば、ゲームテーマを選ぶときに、可否を匿名で尋ねます。紙を渡して、そこに○×を書いてもらいます。その後、紙を四つ折りにしてもらい(開いたり、透けて見えたりしないため)、全員分をよく混ぜてから一つずつ開けていきます。一人でも×の人がいる場合はやらないようにします。時間がかかるところが難点です。

 あらかじめゲーム内容を告知する方法もあります。「今日のゲームは暴力表現が出てきます」「今日のゲームは性的内容が出てきます」このような感じです。ただ、この内容紹介を過信してはいけません。例えば、恋人とのキスは性的内容に入るでしょうか? 恋人のほっぺたへのキスは? 何が範囲に該当するかは人によってイメージの違いがあります。告知したから大丈夫というものではありません。
 また、予想していなかったところが、他人の心の琴線に触れることもあります。「虫がものすごく苦手」「犬がすごく怖い」「閉所恐怖症で狭いところにいることを想像しただけで具合が悪くなる」……他の人にとってはささいなことでも、本人にとってはとても辛いということもあり得ます。臨機応変に対応してください。

 場合によっては、人を集める段階から注意をする必要があります。何も知らずに来てしまって、その場でゲームを拒否して帰るというのは、むずかしいことです。拒否する・断るというのは精神的に強いストレスになります。あらかじめ、会の目的、想定される危険の種類を伝えてから、参加者を募集する置くと良いでしょう。その際に、あらかじめゲームのルールを配布してしまうのも良い方法です。

 注意深く人を集めても、当日には参加意思の最終確認をしましょう。参加者が主催のやりたがっているゲームを拒否するのはむずかしいです。主宰側スタッフの一人が率先してゲームを離れやすい雰囲気を作ってください。例えば、「私、このゲーム苦手なんです。私はしばらく廊下にいます。もし他に嫌な人がいるなら一緒に外に出ましょう。外でしばらく雑談でもしましょう」と、残りのプレイヤーに声をかけるようにしてください。


 少人数で遊ぶのも有効な方法です。少人数であればお互いの顔がよく見えます。お互いの変化や困りごとに気付きやすいです。全体における自分の割合が高いので、ブレイクを申し出やすいです。

 その場で言えなかった場合は、後からメール等で全体に共有しましょう。文章が苦手なら録音でも構いません。必ず全体に伝えてください。自分の親しい人にだけ伝えると憶測や疑心暗鬼が生まれやすくなります。最悪、プレイグループ全体の崩壊にもつながりかねません。メールや録音であれば、全員が同じ情報を共有でき、疑心暗鬼が生まれにくくなります。
とはいえ、いきなり全体に共有するのは勇気がいります。一時的に、特に親しい人にだけ相談することは良い選択肢です。特に録音の場合は、誰か聞き手がいた方がうまく録音できるかもしれません。親しい人にあいづちの係をお願いしてもよいでしょう。

 残念ながら、勇気を振り絞って発言しても聞き入れられない場合があります。聞き手は「気持ちはわかる」と言いながら、まったくなんの対策もとらない/とれない場合もあります。そうした場合、自分にとって何が一番大切なのか考えましょう。
嫌な思いをしてでもそのプレイグループに参加したいでしょうか? 他のグループに移る選択肢は考えられないでしょうか? オンラインやその他の手法はどうでしょうか? 自分でプレイグループを立ち上げるのは? そもそも自分はそうまでしてゲームがやりたいのでしょうか? よく考えてください。
 考え続けると自分で自分がわからなくなることもあります。プレイグループ以外の人に相談してみるのもいいかもしれません。身近に話せる人がいなければ、電話相談や傾聴ボランティアなどを使う方法もあります。大切なのは自分の気持ちを整理する事です。誰が悪かったのかという犯人探しではありません。何が起きて、自分はどうなったのかと言うことです。
 残念ながらプレイグループのメンバーが頼りにならなかった以上、最後は自分で決めるしかありません。決して無理をしないでください。時間をかけてよく考えて決めてください。必要であれば、一時的に距離を置いたり、しばらく参加を取りやめるのも手です。悩んでも答えがでない場合は、考えるのをやめて気分転換するのも手です。大きなショックであればあるほど、自分の中で整理するのに時間がかかります。

★楽しむためにゲームを遊ぶ

 わたしは「楽しみながら○○を学ぶ!」みたいなゲームをあまり好きではありません。ゲームに何か他の目的が入ると純粋に楽しめなくなってしまいます。
 でも、ゲームをして、結果として何か得られるのはいいかな、と思います。
 もしゲームを楽しむことで、危ない時にすかさず止められる能力がついたら、それはいいなと思います。
 冒頭に「言葉の暴力」と言う言葉を書きましたが、もしかすると「言葉の救済」もあるかもしれません。あなたが言った一言で誰かが勇気をもらったり、ひそかに救われたりするかもしれません。
 ゲームをやる人は楽しむために集まったはずです。いつもそのことを忘れないでいられればいいな、と思います。
 良いゲームを。


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クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
齋藤 路恵 Michie SAITO 作『 安全性の確保について』はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスで提供されています。